平成29年11月12日(日)午後2時
会場:無罣庵
テーマ:“My Favorites~竹針で聴く珠玉の名演奏”
担当:相原直樹
使用蓄音機:E.M.G. Mark Xb(1933年頃 英国製)
例会を終えて
これは1926年、今から91年前の実況録音です…とコンサートの開幕を告げたのは、ロンドンにあるビッグ・ベン、ウェストミンスターの鐘。大きなホーンから鳴り響く音の翼に乗って一気にタイムトリップ。ご来場の皆様と音楽の旅が始まりました。
「My Favorites~竹針で聴く珠玉の名演奏」と題して、日頃から愛聴してやまないレコードをたっぷり聴いていただこうという内容です。
初めて蓄音機で音楽を聴いたとき、音楽だけでなく、その時代の空間や空気までも感じられ…目の前でコルトーが…ティボーが…自分の為だけに演奏してくれているかのような…などという(何処かで聞いたり読んだりした憶えのある)話をしながらご挨拶。当初の計画では、解説は必要最小限にとどめるつもりでしたが、狙い通りのご機嫌な音が出てくるや、僕の気分も舞い上がり、話は一枚一枚のレコードにまつわる思い出話に変わって、ついついしゃべり過ぎてしまいました。竹針ならではの実に温かみのある、それでいて芯があり、スゥーッと心に沁みわたる音色がEMGの巨大ホーンから出てきました。
しかし、この幸せな時間は長くは続きませんでした。何枚目かのレコードに針を乗せた瞬間、ジリジリという不快な音が僅かに耳に入ってきたのです。竹針で本当に上手く再生出来ると、レコードや蓄音機の存在を忘れます。そこにあるのは魂の音楽だけです。憎たらしいノイズは残酷にも少しずつ、確実に大きくなっていきます。目の前でコルトーが…などという余裕はあっという間にどこかへ吹き飛んでしまいました。最後までへたらずに持ち堪えてくれとひたすら祈りつつ、頭はノイズの原因を突き止めることでいっぱいでした。
どうやら原因は会場内の湿気のようです。休憩時にお茶が出るのですが、湯を沸かす際に生じる蒸気やカップから出てくる湯気を竹針が吸収してしまったのです。良く乾燥したベストコンディションの竹針と切れ味鋭い専用カッターを揃えたにも関わらず、カット時の感触がいつの間にかすっかり変わっていることに気付きました。これは全く想定外の出来事。どの竹針をカットしてもバリが出てしまいます。鉄針やサボテン針の用意はありません。仮にあったとしても「竹針で聴く…」と銘打っている以上、それ以外の針を使うことは考えられません。竹針容器の蓋をずっと開けっ放しにしていたので、ほぼ全ての竹針が同じ状態に…。もはや音楽の旅はこれまでかと視線を下に向けたその先に、小さなオレンジ色のプラケースが。それは僕がいつも持ち歩いているもう一つの竹針セットでした。街を歩いていると、喫茶店やアンティークショップの店頭に時々蓄音機が置いてあるのを目にします。すると、それに導かれるようにお店に入り、針は自分のものを使うから試聴させてほしいと申し出ます。幸いなことに例会当日も携帯していました。これでいける! どんよりと覆われた暗い雲がみるみる薄くなり、再び青空が広がってきました。旅の再開です。苦虫を噛み潰したような僕の表情も(たぶん)晴れやかに(なっていたはず)。以降、プログラムは順調に進んでいきました。英国出身のコントラルト歌手、フェリアの「南の風」で無事音楽の旅は終わりました。
このたびの例会は多くの方々の支えがあって実現しました。本当にありがとうございました。そして、ご来場くださった皆様の温かく、寛大なお心で最後まで真剣に耳を傾けてくださったことに深く感動致しました。心より感謝申し上げます。
Notes:
- プログラム(第一部「ヴァイオリン特集」より)
[演奏家]ブーシュリ、ヌヴー、キュルティ、フレッシュ、ブッシュ、クライスラー等。
[曲目]無伴奏パルティータ第2番(バッハ)、プニャー二の様式による前奏曲とアレグロ(クライスラー)、ジェラシー(ガーデ)、ショパンの夜想曲等。
第二部は「愛聴盤いろいろ」と題して、クラシックを中心に声楽、鍵盤楽器、コルネット、ギター、ハープ等。 - 使用蓄音機
E.M.G. Mark Xb(1933年頃 英国製)
大きなホーンが特徴のハンドメイド蓄音機。E.M.G.という名前は会社の設立者、Ellis Michael Ginnの頭文字をとったもの。 - 使用竹針
EMG社の竹針と古い煤竹から作られた日本製竹針ほか4種類。