第37回例会「My Favorite Concert」

平成31年4月14日(日)午後2時
会場:無罣庵

テーマ:“My Favorite Concert”
担当:中村会員、辰野会員、桑原Bros.会員、湧川会員、村上会員、金田会員、相原会員、金子会員

♪Program
“最近の覆刻CDの実力―G&T The 1902“London Reds”から―”
中村敏明会員

ポル・プランソン(BS)、スザンヌ・アダムス(S)、ヤン・クーベリック(VN)を取り上げ、原盤とCD復刻盤との音質の違いを聴く。

The 1902 “London Reds” とは

1902 年は G&Tがヨーロッパ各地で録音活動に乗り出した年であり、London Redsは当代の人気歌手 を集めてロンドンで録音された赤レーベル 10インチ盤 50 タイトル 55面。構成は録音順に下記の通り。

Pol Plançon (bass) 16面(別テイク6面含む)
Anton van Rooy (bass-baritone) 6面
David Bispham (baritone) 5面(8面の資料*も有り)
Antonio Scotti (baritone) 7面
Landon Ronald (piano) 0.5面 (Scotti 0 track 2)
Suzanne Adams (soprano) 5面(6面の資料*も有り)
Emma Calve (soprano) 7面(別テイク1面含む)
Maurice Renaud (baritone) 5面
Jan Kubelik (violin) 4面(未発売2面含む)

復刻 CD

The 1902 “London Reds”, Truesound Transfers TT-4002 (2017)
*:”The London Red G&T8 of 1902″, The Record Collector VOL.XIII, Nos. 1/2 (March/April 1960)

ポル・プランソン -Pol Plangon- (1861-1914)

 1851年6月12日、ベルギー国境に近い、北フランスのFumayで生まれた。
 1883年6月、パリ・オペラ座デビュー。
 1891年8月、ロンドン・コベントガーデン、デビュー
 1893年11月、ニューヨーク・メトロポリタン、デビュー
FAUST (Charles Gounod / Jules Barbier, Michel Carré) Act 4. Sérénade Méphistophélès}: Vous qui faites l’endormie, 1924 b (2-2663)・key G minor, 76.0 rpm, 2:44 min

スザンヌ・アダムス -Suzanne Adams- (1872-1953)

 1872年、マサチューセッツ州ケンブリッジで生まれる。
 パリでマルケージに師事、いわゆる Marchesi pupil の一人。
 1895年、パリ・オペラ座にデビュー。
 1898年、ロンドン・コベントガーデンにデビュー。
 同年、ドボルザークのチェロ協奏曲の初演者、レオポルド・スターンと結婚。
 1899年、ニューヨーク・メトロポリタンにデビュー。
Coquette (Léo Stern / Thomas Salignac), 2036 b (3292) • key C, 76.5 rpm, 2:33 min, Victor 91004

時間があれば、
ヤン・クーベリック -Jan Kubelik- (1880-1940)
Serenade No 1 in A “Kubelík-Serenade” (Franz Drdla), 2701 b (7956)・key A, 69.4 rpm, 2:25 min


“ショパン:ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2 ピアニストの競演”
辰野裕一会員

・アルフレッド・コルトー(P) 1929年録音 日ビクターレコード
・モーリス・ローゼンタール(P) 1935年頃録音 日コロムビアレコード
他。

ピアニストの系譜

桑原Bros.会員

・リムスキー=コルサコフ:歌劇「サドコ」より“インドの歌” ゴーティエ(VN)  仏オデオン盤

Jeanne Gautier

涌川哲行会員

・ヴェルディ:歌劇「オテロ」より“清らかな思い出は永久に去り”、
・ヴェルディ:“オテロの死” F.タマーニョ(T) 日本ビクター白レーベル

Francesco Tamagno

“私の愛聴盤”
村上信至会員

・落語「お隣りの猫」(猫と金魚) 初代柳家權太樓 昭和16年録音 ビクターレコード
・落語「ジャズ息子」(六尺棒) 三代目三遊亭金馬 昭和5年録音 ニットーレコード

SP盤と落語

小学生の頃ラジオの寄席番組をよく聞いていた。中でも三代目三遊亭金馬が贔屓だった。高校生になると新宿の学校へ通うようになり、時々“末広亭”に寄道をしていた。だが残念な事に金馬を聞くことは無かった。当時の新宿駅前は屋台が並び、寅さんの様な人物がうようよしていて、裏町ではお仕事のお姉さん達が袖を引いたり、まだ終戦時の雰囲気が色濃く残る、市井を映すカオスのような街だった。
SP盤の落語に興味を持ち、集めだしたのは社会人になってからである。実は、蓄音機で聴く落語は今一面白くない。高座では一席15分~30分位掛かる噺を、端折って25cm盤の約6分間に録音するので忙しない、電気以前も録音が不明瞭でよく分からない。しかし、先達の語り口や名人芸を記録した唯一無二のSP盤は、その様な欠点にも係わらず資料としても文化財としてとても貴重である。

落語 お隣の猫 (猫と金魚)
初代 柳家權太樓
ビクターレコード A-3189
録音:昭和16年頃

柳家權太樓は、積極的に新作に取り組み、SP盤の欠点を感じさせない傑作を残した。「猫と金魚」は、そんな爆笑落語の代表的なネタである。
この落語はまるで漫画のように可笑しい。それもそのはず、この噺は当時、新進の作家である高沢路亭、後の田河水泡の原作だ。ご存知、漫画「のらくろ」の作者である。權太樓は講談社の「面白倶楽部」を読み、この話がとても気に入り、高沢路亭(田河水泡)に手紙を書いて、高座にかける許可をもらうと、早速これに手を加え寄席の演目として演じたところ大評判となる。以後、權太樓の代表作となった。この噺の登場人物と、權太樓のキャラクターが妙に合っていて、面白くて思わず笑ってしまう。「馬鹿野郎」などの下種の言葉は権太楼で、原作には無いそうだ。
因みに、元々画家であった田河水泡は、講談社の勧めにより漫画家に転身して成功を収めた。後に、そのきっかけを作った初代柳家權太樓に、感謝の意を表している。權太樓は原題の「猫と金魚」(リーガルレコード150040録音:昭和15年6月)もSPレコードに残しているが、出来の良いのはビクターだ。

落語 ジャズ息子(六尺棒)
三代目三遊亭金馬
ニットー 4240
昭和5年11月録音

古典落語に当時の流行を取り入れて“ジャズ”をアレンジして録音を行ったのは三代目三遊亭金馬である。何と“出囃子”や“はめもの”に使っている。古典落語「六尺棒」を「ジャズ息子」と改題して、息子が父親を脅す言葉、“家に火を点けます”の部分を“ジャズを踊ります”に言い替えている。当時はジャズが放火と同じ位、迷惑事だったようだ。吉原もダンスホールになっている。               


金田邦明会員

鶴田浩二

・街のサンドイッチマン 鶴田浩二(唄) 昭和28年 ビクターレコード


相原直樹会員

Nat King Cole

・「恋人よ我に帰れ」 ナット・キング・コール(歌) 米Capitol 1953年
・「ジェルソミーナ」伊映画「道」主題歌 リッシェンヌ・ドリール(歌) 仏Pathe 1955年
・「ノー・アザー・ラブ」ショパン:“別れの曲” ジョー・スタッフォード(歌) 米Capitol 1950年 


“幻の33回転SP(?)レコードと蓄音機”
金子家祥会員

・幻の33回転SP(?)レコードと蓄音機 井上準之助(演説) 日ビクター製33回転SP(?)と蓄音機
・カチューシャの唄 松井須磨子(唄) 大正3年 オリエントレコード
・ゴンドラの歌 松井須磨子(唄) 大正4年 ニッポノホン

幻の 33 回転SP(?)レコードと蓄音機

剛烈細にビクターから愛された33rpmのレコードと露骨磯を網介する。これは、7年納にネッ ト・オークションで入手したが、弾額は不明である。資料や文獻がまったく見つからない不思議な 品である。ご存知の方は是非ご教授いただきたい。

井上準之助(いのうえじゅんのすけ、明治2年3月25日(1869年5月6日) – 1932年(昭和7年)2月9日)は、日本の政治家、財政家。日本銀行第9、11代総裁。山本、演口、第2次若槻内閣で大蔵大 臣に就任。貴族院議員。

1929年7月から1931年12月に至る浜口雄幸・若槻礼次郎内閣の時期における、相井上準之助 の金輸出解繁に伴うデフレ的な財政政策。1日平価に基づく金解葉政策による為替相場の引上 「げそれによる輸出減・輸入増に伴う金の流出を防ぐため、財政の縮小,民間消費の抑制によっ て物価を引き下げようとした。しかし、このような政策は不況を伴い,大恐慌の影響もあって不況 の波は非常に大きなものとなった(昭和恐慌)。井上は基本的に金解禁政策の路線を曲げなかっ たが, 1931年の内閣倒壊後,後継の犬養毅内閣の高橋是清蔵相は、金輸出の再禁止, 財政支 出の拡大を行い、政策を転換した。

血盟団事件

1932年に生じた右翼団体の血盟団による暗殺事件。血盟団は国家革新主義者である日蓮宗の 僧井上日召を中心に組織された右翼民間グループ。井上らは「昭和維新」を実現するために一人 一般主義を唱、32年2月9日井上準之助前職相、 3月5日三井合名会社理事長の団琢磨を暗殺。このほか,犬養毅首相など十数人を暗殺する計画をもっていた。井上日召および、井上競相の暗殺犯人の小沼正、団の暗殺犯人の菱沼五郎をはじめとする団員14人は裁判に付され、34年、井上、小沼、菱沼に無期懲役、他の団員には懲役3〜15年の判決が下った。この事件の魔後 に五・一五事件が起った。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説、‎Wikipediaより

詳細は不明だが、今回使用する音源は昭和5年~7年頃の劇場公開時のニュース映像用音源で映像と合わせて再生されたようだ。正に一回のみの使用となる。片面だけで一人の演説全てを収録 (長時間録音33回転SP盤)

【おすすめ記事】  第20回例会「神奈川県のご当地ソング」

大正の歌姫 松井須藤子

カチューシャの唄
作詞:島村物用・相馬御風/作曲:中山響平 (録音:大正3年)
ゴンドラの唄
作詞:雷弁陽/作崎:中山響平 (録音:大正4年)

『カチューシャの唄』(カチューシャのうた)は、1914年(大正3年)に発表された日本の歌謡曲、ならびに同楽曲を題材にした同年製作・公開の日本の短籠映画である。

楽曲の作詞は島村抱月と相馬御風、作曲は中山響平。劇団芸術座の第3回目の公演である『復活』の劇中歌として、主演女優の松井須磨子などが歌唱した。また、『復活唱歌』の題名で、松井の歌唱によるレコードが発売された。歌詞の「カチューシャかわいやわかれのつらさ」は爆発的な流行語となった。

「ゴンドラの唄」(ゴンドラのうた)は、1915年(大正4年)に発表された歌謡曲。吉井勇作詞。中山晋平作曲。

芸術座第5回公演『その前夜』の覇中歌として生まれ、松井須磨子らが歌唱、大正時代の日本で 流行した。

松井須子
没年:大正8.1.5(1919)
生年:明治19.7.20(1886)

新劇草創期の女優。長野県生まれ。本名小林正子。藤太としの子。生年の月日については離 説ある。父の死後上京し戸板裁縫学校(戸板女子短期大学へ通う。初婚に破れ、明治41(1908)年 同郷の東京優学校英語教師前沢蘭助と結婚。翌年文芸協会付属演劇研究所1期生となり、妻よ りも女優を選び離婚。44(19111年5月文芸協会第1回帝劇公演のオフィーリア役で初舞台。次いで 同年9月、主役ノラを演じた「人形の家』は、女性解放を掲げた『育踏』発刊と機を同じくし大反響を得 る。島村約月との恋愛を理由に協会本論旨退会となる。大正2(1913)年抱月と芸座本意げ「モ ンナ・ヴァンナ」「復活」「サロメ」などに主演した。日本全国、朝鮮、中国まで巡演「復活」の主題歌「カチューシャの唄」をはやらせ、新調大衆化への道をつくった。7年抱月がスペイン風邪で急死す ると、2カ月後あとを追って総死した。<香作「牡丹刷毛』<参考文献>戸板康二『松井須磨子』 (井上理恵)

出典:朝日日本歴史人

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です